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新艇エイト「颯」進水式

エイト 颯 (はやて) の進水式は、平成31(2019)年3月10日(日)、学習院戸田艇庫において、桜友会長 東園基政様のご臨席を仰ぎ、多くのの桜艇会会員が参集して開催されました。
第一部の進水式は、和楽備(わらび)神社によって行われ、創部 130 周年の節目にふさわしく厳粛に挙行されました。ご多忙な中をご出席いただいた東園会⾧からは、命名いただくとともに、今後の漕艇部への期待が込められたご挨拶を頂戴しました。
その後、学習院戸田艇庫 2F において懇親会が行われました。懇親会では、大学漕艇部・張谷主将より、新艇建造にあたってご支援いただいた皆様への感謝の気持ちとともに、今後の抱負が述べられました。
最後に、大学漕艇部・森下くん、横山くんのエールで結ばれ、進水式の全日程が盛会裏のうちに終了しました。
改めまして、エイト建造にあたりご支援・ご協力いただきました桜友会の皆様、学校関係者の皆様、桜艇会の先輩方に深く感謝申し上げます。

桜艇会事務局 安部健太

<進水式出席者(敬称略)>
東園基政桜友会⾧、和光純大学漕艇部⾧、小林孝之輔、鈴木信太郎(S34)、 松尾俊吉(S36)、岩城政三(S43)、芳我孝雄(S42 高)、児玉元(S47)、黒田努(S51)、松高直茂(S53)、前岡一郎、小林直樹、中山雅之、片野築、土屋哲夫(S58)、笠原正晃、浮田秀明、松浦雅仁、石井秀幸(S59)、高城彰吾(S60) 竹内理秀(S63)、清水俊輔(H5)、中澤誠一郎(H7)、和田克之(H18)、横堀翠(H21)、安部健太(H22)、照井友樹(H25)、内藤晧文、岩下玲(H26)、 恩田裕梨香、坂本江梨、澤地栞莉(H27)、渡邉直樹、尾上由紀子、薄木日向(H28)、相川俊平、山口ゆり(H30) 37 名
ありがとうございました。

漕艇部の歩み

学習院の部活動で最古の歴史をもつ「漕艇部」。その歴史は、明治24年11月の東京府尋常中学校(都立日比谷高校)学友会の第1回競漕会に参加したことから始まった。
発足当初の名称は「端艇郡」。明治25年には、部で初めてとなる端艇3隻(いぶき、のわき、はやち)を新造した。当時端艇を持っていた学校は、東京帝国大学や高等商業学校などの2、3校。大変貴重なものであったことは想像に難くない。
同年10月、皇太子殿下(大正天皇)の臨席を仰ぎ、墨田川で進水式が行われた。この時、殿下から賜った御下賜金で「優勝旗」を製作。明治27年の「輔仁会端艇競漕会」からこの優勝旗争奪戦が繰り広げられ、以後毎年競漕会が開かれるようになった。
明治33年に名称を「水上部」に変更。明治41年の「全国中学校選手競漕大会」参加をきっかけに、対外的な活動も始まった。大正13年「第1回全日本スカール選手権」を獲得。以後、昭和3年からおよそ10年に渡り選手権を獲得し「スカール王国学習院」の名をほしいままにした。
昭和18年には、現後援会会長の中野新一郎氏が、海の記念日海洋競技大会スカール競漕で、全日本選手権保持者を破り、戦時下最後の錦を母校に飾ることになる。
昭和24年、大学開設と同時に大学水上部が発足。戦前に続いてスカールでたびたび全日本選手権を獲得し、伝統を保持した。空襲で端艇が焼失したため、しばらく借艇での練習だったが、26年にOBと学校の援助でフォアを建造。28年には後援会も発足し「漕艇部」と改称した39年、埼玉の戸田ボートコースに艇庫が完成し、今年7月まで、30余年に渡り部員たちの活動の場となった。
昭和30年代以降は戸田レガッタ、全日本大学選手権などでスカール、フォア、エイトでの優勝や上位進出、そして62年の全日本軽量級選手権では対抗エイトで準優勝と活躍している。近年では女子部員の活躍も目立つようになっている。
海外交流も積極的で、平成10年10月、高等科漕艇部はイギリスの名門パブリックスクール「イートンカレッジ」のボート部と親善試合を行った。イートンクルーの強さを見せつけられた試合だったが、試合後は大いに懇親を深めた。
明治以来の歴史と伝統をもつ「漕艇部」。新艇庫完成をきっかけに、更なる飛躍を期待したい。