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空手道部のあゆみ

“空手を通じて、自分自身を創る”。
今なお受け継がれている「質実剛健」の気風はわずか5名の若武者の熱意から生まれた。

空手道部が創部されたのは、50年前の昭和25年(1950)でした。わずか5名の若武者が道場もなく、土の上で裸足に なって始めました。
その頃の空手道部は見事なほど無一文でした。最も、こうした物質的欠乏も、若い一途な情熱の前では無力に等しかったのです。
空手道部は、発足と同時に故工藤張雄先生(元女子部教諭)を師範としてお迎えしていましたが、そこには独自の自由な雰囲気と明るさがありました。
先生は決して技術面のみにとらわれることなく、むしろ空手の内面性、精神性を強調されるとともに、部員一人一人の自主的な行動に目を向けて、全人格的に 対処しようと心がけておられたようでした。
このような師弟の交流が、空手道部の原型を徐々に形成していったのだと思います。
こうした体験から、地味ではあるが「空手を通じ自分自身を創る」ことを学び、その思いは社会人となっても変わることなく今なお連綿と続いております。
同時に、「草創期から現在に至るまで底流として流れてきた「質実剛健」の気風は、豊かさの中にあっても風化させることなく、次世代に受け継いでいって欲 しい」。発足時の部員の一人・濱尾和男氏(昭28政)はこう言っています。
我が空手道部は試合制を採っていないので、自分たちの稽古が強いのか弱いのか分からないと思う人がいます。
しかし、どんな武道においても命を懸けた人の強さは比類なきくらいに強いことだけを念頭においておけばよいのです。競技会的勝負は問題外として、私たち は稽古を続けております。
どこか「哲学空手」といわれるのは、絶えず自分自身との闘いであり、止むことのない欲望との闘いであるからです。
苦から修行者には、何か暗いイメージがついて回るのは、一人で闘っており、他人と相容れない孤立の世界を尊んでいるからであり、これは仏教や密教の影響 かと思われます。
私たちの部は、十代から二十代にかけての青春時代に、できるだけいい汗をかけるところでありたいと願っております。いつも平常心を持ち続けることができ る人になれれば、素晴らしいと思いますし、また人間の温かさが分かる人になってもらいたいと念じております。
21世紀に必要な人材が当部より多く出ることが、強さの証明になることだと思います。空手に強く、かつ世の中に役立つ理想像を求めて止まないのが私たち の部であり、日本空手道の始祖・故船越義珍(松涛)先生の教訓であり、故江上茂師範の心技体の教えです。
50年の歳月が時代とともに変化して、心技体が変貌しっつありますが、特に人間の寿命が延びて80歳が平均になりつつあることは非常に意義があります。
空手道の考え方も時世に必要な事柄は採り入れていく必要があります。誰でも分かりやすい形と心の持ち方、知育と体育の違いなど、現代が求めているものの 重要性は何なのか探求していかなければならないと感じている今日この頃です。

文/渡辺伊佐保(昭43済)